ティツィアーノ・ヴェチェッリオの『ディアナとアクタイオン』(1556年-1559年)。アクタイオーンが水浴びしたアルテミスの裸体を目撃した瞬間を描いている。ロンドン・ナショナル・ギャラリー所蔵。
ルーカス・クラナッハの1540年頃の絵画『ディアナとアクタイオン』。アルテミス(ディアーナ)と、鹿に姿を変えられて犬に襲われるアクタイオーンが描かれている。バイエルン国立博物館英語版所蔵。
紀元前460年-前450年頃のセリヌスのメトープ。アルテミス(ディアーナ)と鹿に姿を変えられたアクタイオーン壁面。パレルモ国立考古美術館所蔵。
現在のキタイローン。

アクタイオーン古希: Ἀκταίων, Aktaiōn, ラテン語: Actaeon)は、ギリシア神話の登場人物である。長母音を省略してアクタイオンとも表記される。父はアポローンの子アリスタイオス、母はテーバイの王カドモスの娘アウトノエーとされている[1][2][3]

アクタイオーンが女神アルテミスに対する不敬のために罰っせられた物語は主にエウリーピデースバッコスの信女』、オウィディウス変身物語』、アポロドーロスヒュギーヌスなどで触れられており、特にオウィディウス『変身物語』の物語が有名である。

神話

アクタイオーンはケンタウロスケイローンに育てられ、狩猟の術を授けられた[1]。一説には狩猟を教わったのは実父からであったともいう。

あるときアクタイオーンはキタイローン山のガルガピアの谷間で[4][3]、狩り仲間とともに[4]、自分の手で育てた[5]50匹の猟犬を率いて狩りに興じていた[1]。アクタイオーンは狩りの成果が良かったので一時狩りを休止し[4]、猟犬を休ませるために泉を探して歩いた[3]

ところがガルガピアの谷間はアルテミスに捧げられた聖域であり、ちょうど谷の一番奥まった場所にある洞窟に湧き出している泉[注釈 1]で狩りに疲れたアルテミスが従者たちとともに水浴びをしていた。そうとも知らずにアクタイオーンは洞窟に入っていき[4]、アルテミスの入浴中の裸体を誤って目撃してしまった[4][1][3]。このため女神の逆鱗に触れ、女神の裸を見たと言いふらすことが出来ないように鹿の姿に変えられ[4][3]、さらに彼の猟犬たちを狂わせ[1]、アクタイオーンにけしかけた[3]。アクタイオーンは水面に映った自分の姿に驚いたが、口から出てくるのはうめき声だった。アクタイオーンはテーバイの王宮に帰るべきか、森の中に隠れているべきか迷ったあげく、猟犬たちに見つかり食い殺された[4]

死の異説

オウィディウスによればアクタイオーンの死は運命のいたずらであって、アクタイオーンに非はなかったとしているが[4]、ヒュギーヌスはアルテミスの裸体を目撃した時に犯そうとしたためとしている[2]

しかし別の説ではアクタイオーンが自らの狩猟の腕を誇って女神を軽んじたためであり[5]、さらに別の説では叔母のセメレーと結婚しようとしてゼウスと争ったため[6][7]、アルテミスはアクタイオーンに鹿の毛皮を被せて猟犬たちに襲わせたという[7]

死後

アクタイオーンの死後、彼の猟犬たちは主人を探してケイローンの洞窟までやって来たが、ケイローンはアクタイオーンそっくりの銅像を作って猟犬たちを慰めた[1]。アクタイオーンの死の現場はのちにペンテウスの死の現場となり[5]、両親はアクタイオーンをはじめとする数々の不幸に悲嘆してテーバイを去った。母アウトノエーはメガラー地方のエリネイアに移住し[8]、父アリスタイオスはギリシア人を率いてサルディニア島に移住した[9]

アクタイオーンは死後に亡霊と化し、オルコメノスを苦しめたという話も残っている。オルコメノスの住人が亡霊を鎮める方法をデルポイに伺うと、アクタイオーンの遺品を見つけて地中に埋め、さらにアクタイオーンの像を作り、鉄の鎖で岩に縛り付けるように命じた。この像はパウサニアスの時代にも残っていて、毎年、英雄として祀られたという[10]

プラタイアの伝承

パウサニアスによると、キタイローン近くのプラタイアにはアクタイオーンが狩りに疲れたときにベッド代わりにして眠ったとされる岩があり、アクタイオーンの寝床と呼ばれていた。またアルテミスの水浴びを目撃したとされる泉もあった[11]

しかしアクタイオーンにとってキタイローンは狩りに興じた土地というだけでなく、この土地の興隆に関わった英雄でもあったらしい。プルタルコスによるとアクタイオーンは、アンドロクラテース、レウコーンペイサンドロス、ダモクラテース、ピュプシオン、ポリュエイドスとともにプラタイアを興した7人の英雄の1人であり、ペルシア戦争プラタイアの戦いの際に、ギリシア軍はデルポイの神託に従ってゼウスキタイローンヘーラーパーン、スフラギディオンのニュムペーに誓約を立て、アクタイオーンら7人の英雄に犠牲を捧げて戦い、勝利したと伝えられる[12]

系図

ピエトロ・リベリ英語版『ディアナとアクタイオン』(1660年)ベルリン絵画館所蔵。

脚注

注釈

  1. ^ ヒュギーヌスによれば泉の名前はパルテニオスの泉[3]

脚注

  1. ^ a b c d e f アポロドーロス、3巻4・4。
  2. ^ a b ヒュギーヌス、180話。
  3. ^ a b c d e f g ヒュギーヌス、181話。
  4. ^ a b c d e f g h オウィディウス『変身物語』3巻。
  5. ^ a b c エウリーピデース『バッコスの信女たち』。
  6. ^ アクーシラーオス断片(アポロドーロス、3巻4・4による引用)。
  7. ^ a b ステーシコロス断片(パウサニアス、9巻2・3による引用)。
  8. ^ パウサニアス、1巻44・5。
  9. ^ パウサニアス、10巻17・3。
  10. ^ パウサニアス、9巻38・5。
  11. ^ パウサニアス、9巻2・3。
  12. ^ プルタルコス「アリステイデース伝」11。

参考文献