タンパベイ・レイズ
Tampa Bay Rays
1998創設
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所属リーグ
チーム名
  • タンパベイ・レイズ (2008年 - )
    • タンパベイ・デビルレイズ (1998年 - 2007年)
    • タンパベイ・レイズ (2008年 - )
本拠地
1998-現在の位置(アメリカ合衆国内)
1998-現在
1998-現在
Tropicana field.jpg
永久欠番
獲得タイトル(獲得年)
ワールドシリーズ優勝(0回)
リーグ優勝(1回)
地区優勝(2回)
  • 2008
  • 2010
ワイルドカード(2回)
  • 2011
  • 2013
球団組織
オーナー スチュアート・スターンバーグ
GM マシュー・シルバーマン
監督 ケビン・キャッシュ

タンパベイ・レイズ英語: Tampa Bay Rays、略称: TB)は、メジャーリーグベースボール(以下、MLB)アメリカンリーグ東地区所属のプロ野球チーム。本拠地はフロリダ州セントピーターズバーグにあるトロピカーナ・フィールド

概要

球団創設は1998年。アリゾナ・ダイヤモンドバックスと共に、球団拡張(エクスパンション)の一環として「タンパベイ・デビルレイズTampa Bay Devil Rays)」として誕生した。この「デビルレイズ」という愛称は、フロリダ湾に多く棲息するイトマキエイに由来する。2008年に愛称から「Devil」の文字を取り、「タンパベイ・レイズ」と改称された。球団シンボルは、同じく「Ray」だが、これまで同様エイとともに光線も意味するものに変わった。

デビルレイズ時代の10年間の通算成績は645勝972敗(勝率.399)で、2004年の地区4位以外は球団創設以来全てのシーズンで地区最下位だった。勝ち越したシーズンすら一度もなく、シーズン70勝に達したのも2004年のみだった(同時期に創設されたアリゾナ・ダイヤモンドバックスは創設翌年に地区優勝を果たし、2001年にはワールドチャンピオンにも輝いている)。

2008年、球団創設11年目で初の地区優勝とリーグ優勝を達成、在籍していた岩村明憲も優勝に大きく貢献した。ワールドシリーズに進出しアメリカ全土に「レイズ旋風」を巻き起こす大躍進を遂げた。

観客動員数はデビルレイズ時代の長期にわたる低迷により、2000年以降の観客動員総数、1試合平均観客数はともにアメリカンリーグの中でワーストを継続するなど、伸び悩んだ[1](これは本拠地近くのタンパニューヨーク・ヤンキースが2月からスプリングトレーニングを行っているため、ヤンキースファンが多いことも影響しているといわれる)。しかしリーグ優勝を果たした2008年には観客動員数を大幅に伸ばしている(前年の140万人弱から180万人)。

デビルレイズ時代は「万年最下位」が幸いしてか、完全ウェーバー制をとるドラフト会議では毎年のように将来有望な若手選手を優先的に獲得することが出来た。そのため、カール・クロフォード(2011年からボストン・レッドソックス)、ロッコ・バルデッリ(2009年からボストン・レッドソックス)、B・J・アップトン(2013年からアトランタ・ブレーブス)、デルモン・ヤング(2008年からミネソタ・ツインズ)、エバン・ロンゴリアデビッド・プライスといった有望選手を次々と上位指名し、いずれもチームの中軸として成長している。また他にもドラフト上位選手ながら、他球団では芽が出ず、出場機会を求めてレイズに移籍する選手も多い。反面、目先の選手補強にこだわり、将来有望な若手選手を他球団に放出、中堅クラスの選手やピークを過ぎたベテラン選手を獲得するケースも少なくなかった。

2004年には2000年のニューヨーク・メッツシカゴ・カブス戦以来、2度目となる日本での開幕戦を行っている。対戦相手はニューヨーク・ヤンキースで、松井秀喜の日本凱旋試合となった。試合は東京ドームで行われ、開幕試合は8対3で勝利。2試合目は1対12の敗戦であった。

日本人選手では、過去に野茂英雄森慎二岩村明憲松井秀喜が在籍していた。野茂は2005年にプレーし、同年6月15日には日米通算200勝を成し遂げるが、19試合に登板し、5勝8敗・防御率7.24と低迷したため、シーズン途中に戦力外通告を受け、後に解雇された。森は2005年オフに2年契約を結んだが、右肩の故障でメジャーデビューは叶わず、2006年オフに解雇された。岩村は2007年に加入。主に1番打者として2008年のワールドシリーズ進出に貢献した。松井は2012年のシーズン途中にマイナー契約を結び、メジャー昇格はしたものの、3ヶ月で戦力外となった。

球団の歴史