株式会社ラジオ福島
Radio Fukushima Co., Ltd.
Radio Fukushima Co., Ltd. 1.jpg
ラジオ福島本社スタジオ(福島送信所も兼ねる)
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 RFC
本社所在地 日本の旗 日本
960-8655
福島県福島市下荒子8番地
設立 1953年9月26日
業種 情報・通信業
法人番号 8380001001794
事業内容 放送法に基づく中波放送事業ほか
代表者 代表取締役社長 半野秀一
資本金 1億2000万円
従業員数 53人
主要株主 福島民報社(24.8%)
毎日新聞社(20.6%)
福島県(12.5%)
外部リンク http://www.rfc.jp/
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ラジオ福島
Radio Fukushima Co., Ltd.
放送対象地域 福島県
系列 JRNNRN
略称 rfc
愛称 ラジオ福島、ラジふく
コールサイン JOWR
開局日 1953年12月1日
本社 〒960-8655
福島県福島市下荒子8
北緯37度46分26.7秒
東経140度29分28.2秒
座標: 北緯37度46分26.7秒 東経140度29分28.2秒
演奏所 本社と同じ
親局 / 出力 福島 1458kHz / 1kW
主な中継局 送信所を参項
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株式会社ラジオ福島(ラジオふくしま、Radio Fukushima Co., Ltd.)は、福島県放送対象地域として中波放送(AM放送)をする特定地上基幹放送事業者である。国内の民放AM局では唯一、親局(福島 1Kw)より子局(郡山 5Kw)の送信出力が大きい。

概要

1953年12月1日、全国30番目に福島局・郡山局・若松局(現在の会津若松局)・平局(現在のいわき局)が同時開局。その後1961年9月に原町局が開局し、県内全域で聞けるようになった。略称はrfc(Radio Fukusima Co.,Ltd.)。東北地方では唯一のAMラジオ単営局である。

1978年頃に、開局から使われたシンボルマークのCIロゴが変更になり、RFCから小文字のrfcに変わった。

福島県内で初のラテ兼営民放テレビ局になる予定であったが、1度はテレビ予備免許を取得しながら郵政省(当時)の条件をクリアできず、開局できずに失効してしまった歴史がある。福島県での民放テレビ開局は、1963年の福島テレビ開局まで待つこととなる。

長年にわたって福島県唯一の民放ラジオ局だった。一時期、ふくしまFMが開局するまでTOKYO FMの一部番組を放送していたことがあった。

JRNNRNのクロスネット局。関連新聞は、福島民報毎日新聞。福島民報のラジオ面(中面)では、本局の番組表を大きめのサイズで掲載し、番組タイトルについてはゴシック体で、内容も詳細に掲載するようにしている。

ニュース名称は、以前は国内外のニュースを『毎日新聞ニュース』、県内ニュースを『福島民報ニュース』と分けてあり、定時ニュースなどでも「毎日新聞ニュースと福島民報ニュースをお伝えします」と放送していた。現在は『rfcニュース』に統一している。

24時間放送の開始は1982年4月5日で、このときから『オールナイトニッポン』や『歌うヘッドライト』のネットを開始している。さらにCMの時間を使い、修学旅行生の安否を伝えることがある(以前は独立した5分間番組だった)。

自社制作番組の多くが、アナウンサーが制作(企画構成)・ミキシング技術などを一人で行う、ワンマンシステムとなっており、スタジオの多くもこれに対応したセッティングがなされている。また、夜間における緊急事態発生に備え、局アナ1人と制作・技術・報道部門のスタッフ数人が局に毎日交替で泊まりこむ「宿直勤務制度」を実施している。火災や地震の発生が伝えられたときは、ネット受け番組の音量を下げて、速報を伝える。

2004年、『チャリティーミュージックソンとリヤカーサンタ』の活動により、ラジオ活動部門で日本民間放送連盟賞を受賞した。

2006年2月より、ニフティの協力でポッドキャスティングサービスをスタートした。

2009年4月改編で平日ワイド番組を一新、長寿番組『昼の希望音楽会』を内包する10時・11時台のワイド番組を新設する一方で、土・日曜昼のワイド番組は自社制作を取りやめネット受けに切り替えた。なお、福島競馬開催期間中は従来通り、福島局では『福島競馬実況中継』を、それ以外の中継局ではレース中継を内包した番組『サタデー・サンデーリクエストジャンボリー』を放送している。

2011年4月頃から「radiko.jp復興支援プロジェクト」としてradikoによる暫定的な全国配信を経て、2012年4月1日より福島県内限定に切り替わり、実用化試験配信が開始された。

2014年8月1日からは、radiko.jpプレミアムにより、再び全国からの聴取が可能になった[1]

2016年1月27日に、rfcにとって中継局の開設自体、55年ぶりとなる[2][3]「rfc東金山(ひがしかねやま)FM」が大沼郡金山町FM補完中継局として開局し、同年11月16日にも、「rfc西金山(にしかねやま)FM」[4][5]が同じく大沼郡金山町にFM補完中継局として開局した。

2017年3月、中通り地区にワイドFMの中継局を開局[6][7]。それに伴い、福島競馬開催時の編成も、全局で『福島競馬実況中継』を放送することになった。

歴史

  • 1953年(昭和28年)
3月15日:第1回設立準備委員会[8]
4月13日:福島郡山若松平(現:いわき)各放送局の免許申請[8]
5月18日:第2回設立準備委員会[8]
5月23日:第1回発起人会[8]
8月1日:福島、郡山、若松、平(現:いわき)各放送局に予備免許交付[8]
11月16日:福島放送局から試験電波発射[8]
11月20日:福島放送局に本免許交付、同日からサービス放送開始[8]
11月21日:郡山放送局から試験電波発射[8]
11月24日:郡山放送局に本免許交付、同日からサービス放送開始[8]
11月25日:若松放送局から試験電波発射[8]
11月26日:若松放送局に本免許交付、平(現:いわき)放送局から試験電波発射[8]
11月27日:平(現:いわき)放送局に本免許交付、同日からサービス放送開始[8]
12月1日:12時[8]から福島、郡山、若松、平(現:いわき)各放送局の本放送開始。
  • 1954年(昭和29年)
2月22日:土湯温泉大火で速報『火災速報』を開始する。
7月:『福島競馬実況中継』、高校野球県大会中継開始
  • 1955年(昭和30年)
1月:郡山放送局の出力を500Wから1kWに増力
2月:『農家のみなさんへ』放送開始
  • 1956年(昭和31年)
7月17日:「会津大水害」で災害放送
  • 1959年(昭和34年)
5月:放送番組審議会を設置
7月:番組基準を制定
  • 1961年(昭和36年)
9月:原町放送局開局
  • 1963年(昭和38年)
2月:「交通取締情報」全国初の放送開始及び「福島県議会」中継開始
4月:プロ野球中継開始
  • 1965年(昭和40年)
5月:JRN(JapanRadioNetwork)加盟
10月:家庭婦人向け番組『おかあさん教室』放送開始
  • 1971年(昭和46年)
4月:NRN(National Radio Network)加盟、『rfc土曜ワイド』放送開始
10月:『福島競馬実況中継』の実況をラジオ福島のアナウンサーが担当
  • 1973年(昭和48年)
2月:福島局1kWに増力
4月:ワンマンコントロールシステム導入
12月:福島県警本部長より盗難車発見・ひき逃げ死亡事故解決等の情報放送に対して感謝状を受ける
  • 1975年(昭和50年)
1月:民放統一キャンペーン「はたちの献血」スタート
  • 1976年(昭和51年)
2月:交通遺児に愛の手を「まごころキャンペーン」開始
  • 1977年(昭和52年)
4月:本社を福島市太田町・民報ビルに移転
11月:『ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』募金開始 以降毎年実施
  • 1978年(昭和53年)
7月:開局25周年記念「rfcラジオまつり」開催
  • 1981年(昭和56年)
4月:いわき局1kWに増力、新番組『rfcワイド午後一番』始まる
6月:中継取材車の愛称を募集し「いってみっカー」と命名
  • 1982年(昭和57年)
4月:24時間全日放送開始
  • 1983年(昭和58年)
10月:開局30周年記念式典、記念公演開催
  • 1985年(昭和60年)
10月:スタジオ新局舎建設起工
  • 1986年(昭和61年)
5月:スタジオ新局舎完成
8月4日・5日:「8.5水害」災害報道放送
  • 1987年(昭和62年)
1月:第1回「ラジオ福島旅の会」スタート
4月:第1回「rfc桜まつり」開催
8月 - 9月:第1回「rfc防災キャンペーン」スタート
  • 1989年(平成元年)
1月:昭和天皇崩御、47時間21分の特別放送実施
11月:第1回市町村対抗「ふくしま駅伝」実況中継
  • 1990年(平成2年)
5月:「電波の日・感謝ウィーク」企画開始【以降毎年実施】
  • 1991年(平成3年)
1月:日本民間放送連盟賞・放送活動部門「愛の輪広げて14年・ラジオチャリティーミュージックソンの歩み」優秀賞受賞
  • 1992年(平成4年)
3月:若松放送局1kWに増力、周波数を1062kHzから1395kHzに変更
  • 1993年(平成5年)
1月:第50回国民体育大会冬季大会開会中継、競技速報
4月:開局40周年記念企画実施
  • 1998年(平成10年)
10月:ラジオ福島公式ホームページを開設
12月:開局45周年
  • 2000年(平成12年)
6月:携帯端末サイト「rfcポケット」スタート
  • 2001年(平成13年)
7月:「うつくしま未来博」サテライトスタジオ「キビタンスタジオ」開設、随時中継リポート
  • 2002年(平成14年)
5月:「第39回ギャラクシー賞」で鏡田辰也がローカル局のアナウンサーとして初めて「DJパーソナリティ賞」を受賞
  • 2003年(平成15年)
4月:開局50周年記念企画実施
12月:開局50周年『ラジオ福島開局50周年の歩み』発刊
  • 2007年(平成19年)
4月:新マスター更新・新スタジオ完成
  • 2008年(平成20年)
4月:緊急地震速報システム導入
  • 2011年(平成23年)
3月11日:「東北地方太平洋沖地震」発生、福島市スタジオで震度6弱を記録。地震発生後、24時間災害報道特別番組を350時間14分放送
3月:「東日本大震災による救援・復興に関する情報サイト」を立ち上げる
8月:32時間特別編成『2011年夏 ラジオ・チャリティー・ミュージックソン』を放送
9月:日本民間放送連盟賞・番組部門・ラジオ生ワイド番組『夜をぶっとばせリクエストで120分』優秀賞受賞
9月:日本民間放送連盟賞・特別表彰部門・放送と公共性「災害ラジオとインターネット連動展開の記録」優秀賞受賞
  • 2012年(平成24年)
3月11日:10時から19時までの延べ8時間にわたる復興生放送特別番組「3.11ふくしまと共に〜再生の足音〜」を放送
9月:日本放送文化大賞北海道・東北地区ラジオ部門で復興生放送特別番組「3.11ふくしまと共に〜再生の足音〜」優秀賞受賞
11月27日:「災害発生時における緊急放送の協力に関する協定」を福島県警察本部と締結
12月:『川内村が帰村宣言』がJRN大賞を受賞
  • 2013年(平成25年)
3月:富岡町復興応援ソング『桜舞う町で』制作
6月:東北六魂祭における交通対策について福島県警察本部より感謝状
9月:日本民間放送連盟賞・番組部門・ラジオ生ワイド番組「月曜Monday夜はこれから!〜請戸小学校の奇跡〜」優秀賞受賞(日本民間放送連盟賞北海道・東北地区審査会ラジオ生ワイド部門で最優秀賞、日本放送文化大賞北海道・東北地区審査会優秀賞)
9月:日本民間放送連盟賞北海道・東北地区審査会ラジオ教養番組部門「ホールボディーカウンター〜調べてわかった被ばくの現状〜」優秀賞受賞
12月1日:開局60周年「rfc感謝祭」5時間にわたり福島市公会堂で開催
  • 2014年(平成26年)
3月25日:開局60周年ラストイベント「市川海老蔵〜古典への誘い」開催(郡山市民文化センター)
8月1日:第1スタジオリニューアル。8月1日から10日間「rfc夏祭り〜ラジオ!まるみえ!10日間」を実施
9月15日:NHK・民放連共同ラジオキャンペーン「だから、ラジオ! ダカラジ」キックオフイベント開催(いわき芸術文化交流館アリオス)
  • 2015年(平成27年)
3月23日:特別番組「玄侑宗久・丹羽太貫 放射線を語る」が第3回東日本大震災復興支援坂田記念ジャーナリズム賞を受賞
6月:『第41回放送文化基金賞』個人・グループ部門 [放送文化]を、40年にわたるチャリティ番組の放送・活動の実績により『全国ラジオ・チャリティ・ミュージックソン実行委員会(ニッポン放送・ラジオ福島他)』を受賞
10月26日:東金山FM補完中継局に対し予備免許を交付
  • 2016年(平成28年)
1月26日:東金山FM補完中継局 放送開始(11時から)[9][10]
4月27日:西金山FM補完中継局に対し予備免許を交付
10月6日:福島FM補完中継局、郡山FM補完中継局に対し予備免許を交付
11月26日:西金山FM補完中継局 放送開始(7時から)
  • 2017年(平成29年)
1月9日:福島FM補完中継局、郡山FM補完中継局 試験電波発射開始(午前9時から)
3月2日:福島FM補完中継局、郡山FM補完中継局 免許交付
3月26日:福島FM補完中継局、郡山FM補完中継局 放送開始[11](午前10時から)
2018年(平成30年)
1月30日:金山FM補完中継局 放送開始(午前10時から)[12]
2月15日:若松FM補完中継局に対し予備免許を交付[13]
6月15日:いわきFM補完中継局、原町FM補完中継局に対し予備免許を交付[14][15]
8月1日:原町FM補完中継局、試験電波発射[16]
9月3日:若松FM補完中継局、試験電波発射[16]
9月11日:いわきFM補完中継局、試験電波発射[16]
11月19日:若松FM補完中継局、いわきFM補完中継局、原町FM補完中継局 免許交付[17][18][19]
12月1日:開局65周年
本社(演奏所および送信所
  • 福島市下荒子8番地
    • 郵便番号は〒960-8655
      • 郵便番号が5桁のころは専用郵便番号はなかったが、放送では葉書募集などの際に「〒960 福島市 ラジオ福島」とアナウンスしていた(のちに「福島市下荒子8」と言うようになった)。
    • 以前は、JR福島駅近くの福島民報ビルに本社として総務・営業・企画事業が、下荒子の演奏所には編成(制作含む)・技術の各部署があったが、2007年4月にデジタルマスターの新設に伴って演奏所を増築した際に、全部署が演奏所側に集約された。本社・演奏所が分離されていた時は、番組内では『(下荒子の)スタジオから』という様に、本社と演奏所が別箇所である表現を使用することがあった。
郡山総支社(郡山中継局と併設)
    • 旧本社(営業・企画事業)
      • 〒960-8068 福島市太田町13番17号 民報ビル4階

東日本大震災時の放送

  • 2011年3月11日の東日本大震災発生時、福島市内のスタジオでは『けんじかおりのふれんどらじお』が放送されており、日本酒スイーツの「酒恵季(サケケーキ)」を試食中だった。14時46分の地震発生後、スタジオ内での地震の揺れによる激しいガラスの音が拾われ[注釈 1]、パーソナリティの深野健司は「ただいま非常に大きな地震が起きています。身の安全を確保してください。沿岸付近の方は津波の恐れがありますので大至急海岸から離れるようにしてください。高台などに避難するようにしてください。心を落ち着けてください」と注意喚起をする放送を行った。