みえけん
三重県
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伊勢神宮(内宮)での伊勢志摩サミット各国首脳
三重県の旗
三重県旗
日本の旗 日本
地方 東海地方近畿地方
団体コード 24000-1
ISO 3166-2:JP JP-24
面積 5,774.41km2
(境界未定部分あり)
総人口 1,791,775
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 310人/km2
隣接都道府県 岐阜県愛知県滋賀県京都府奈良県和歌山県
県の木 神宮杉
県の花 ハナショウブ
県の鳥 シロチドリ
他のシンボル 県の魚:伊勢えび
県の獣:カモシカ
県の歌:三重県民歌
県民の日:4月18日
三重県庁
知事 鈴木英敬
法人番号 5000020240001
所在地 514-8570
三重県津市広明町13番
北緯34度43分48.9秒東経136度30分31.2秒座標: 北緯34度43分48.9秒 東経136度30分31.2秒
三重県庁
外部リンク 三重県
三重県の位置

三重県行政区画図

― 市 / ― 町

ウィキポータル 日本の都道府県/三重県
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三重県(みえけん)は、日本都道府県の一つで紀伊半島の東側に位置する。県庁所在地は県中部の津市

概要

の豊富な自然に恵まれ、農業漁業が盛んである。また、江戸時代(御伊勢参り)から現在(F1日本グランプリや、8耐など)に至るまで、観光を産業として成り立たせている。

北勢伊賀中勢南勢伊勢志摩東紀州の5地域で構成されている。江戸時代から、お伊勢参り(お蔭参り)の名で知られる伊勢神宮を擁する地域として発展した。令制国では、伊勢国志摩国伊賀国の全域と、紀伊国(当初は熊野国)の一部、計4国より構成される。包括する旧律令国の数は、5国を包括している兵庫県に次ぐものである。

近鉄四日市駅周辺のふれあいモール

人口は22番目、面積は25番目、人口密度は23番目である。経済力については名古屋圏の一部である北勢地域を抱える事から上位の県であり、1人当たりの GDP県民経済計算は5位から15位の間の高水準で推移している。本県内で最大の人口を有する市町村四日市市の約31万人で、国から施行時特例市に指定されている。一方、県庁所在地である津市の人口は約16万人であり、2005年から2006年の短期間は県庁所在地のなかでもっとも人口が少なかった。平成の大合併後の人口は約28万人である。本県は東紀州を中心に過疎地域があるほか、津市や松阪市の一部も過疎地域に指定されている。三重県の総人口は約180万人であり、熊本県鹿児島県岡山県等と同規模であるが、本県はこれらの県と比較して人口が突出した都市は存在せず、中規模の複数の都市に人口が分散している。

三重県の北中部は中京工業地帯であり、主要企業が多い。四日市市では自動販売機が年間で約12万台生産されており、自動販売機の生産量が全国で最も多い。また、石油化学コンビナートの四日市コンビナートは、四大公害病の一つである四日市ぜんそくの原因となり問題になったが、現在は法整備や汚染防止技術向上などの対策が格段に進み、工業地帯周辺の大気状態は良好になっている。亀山市にはカメヤマローソク(本社は大阪市に移転)や、三重県のハイテク企業誘致策により建設されたシャープ亀山工場がある。なお、三重県はローソクの生産量との生産量が全国一である。

伊勢神宮伊賀上野二見浦世界遺産熊野古道などの観光地やナガシマスパーランドなばなの里志摩スペイン村鈴鹿サーキットなどのテーマパークがある。特に伊勢・志摩地区は観光地としても名高い。本県は地理的に、近畿圏中京圏の中間に位置しているため、両地域からの観光客が多い。なお、伊勢・志摩地区にも路線を有する近畿日本鉄道(近鉄)は大阪や名古屋から伊勢・志摩地区への観光客に向けた企画乗車券を販売するなど誘客に務めている。

方言三重弁が話されており、その中でも伊勢弁伊賀弁志摩弁紀州弁に分けることができる。三重弁は近畿方言に属しており、大部分の地域が京阪式アクセントである。三重県は特に北部において、愛知県と経済面・物流面での関係が見られるが、方言は愛知県・岐阜県との間に大きな違いがある。

三重県は、滋賀県福井県岐阜県とともに「日本まんなか共和国」を設立し、知事サミットや文化交流事業などを行っている。

名古屋名物になっている天むすは元々は三重県発祥のものであり、他にも、ひつまぶしといわれる言葉は三重発祥との説がある(大阪発祥説もある)。

地理・地域

三重県は南北の長さは約180km、東西の幅は108kmと、細長い形をしている。伊勢平野をはじめとする平野部から、鈴鹿山脈などの山脈、青山高原などの高地、盆地、低地など様々な地形を有する。北側の愛知県や岐阜県、南側の和歌山県など、6府県と隣接する。伊勢湾から松阪市飯高町にかけて中央構造線が通っており、飯高町月出では大規模な露頭が見つかっている。2002年に「月出の中央構造線」として国の天然記念物に指定された。2007年には長野県大鹿村とともに日本の地質百選「中央構造線(月出)」に選定された。

歴史

明治維新以前の伊勢国伊賀国志摩国の全域、それに紀伊国牟婁郡熊野国)の一部よりなる。

原始

大陸と陸続きであった頃、鳥羽市の恐竜化石、伊賀市の大山田地方で発見されたゾウワニの足跡などが知られている。3万年前から1万年前頃の後期旧石器時代の三重県内の南勢地方、鈴鹿川北岸、鈴鹿市南部、英虞湾や伊雑浦(いぞううら)などの河岸段丘や台地での遺跡からナイフ形石器が出土している。遺跡は50カ所ほど知られているが、遺跡の内容は分かっていない。その中では出張(でばり)遺跡(多気郡大台町)で発掘調査が行われ、ナイフ形石器・削器尖頭器状石器・細石刃などが出土している。石材の多くは県内のチャートであるが、讃岐岩(サヌカイト)は二上山産のものである[5]

縄文時代草創期の土器押型文土器が県内100カ所近くの遺跡から出土している。また、早期以降の遺跡は、伊勢湾岸、志摩半島、熊野灘沿岸、伊賀盆地の内陸部にまで広がり、600を超える。押型文土器に伴う石器群は、有茎尖頭器・石鏃などがあり、この2つの石器には時期的差が見られる。この期の住居は竪穴式住居で、直径4メートルほどの平面形は不整円形で、地表面から80センチほど掘り下げ、垂木(たるき)を立てかけて円錐状の屋根を葺いたものと推定される。他には長楕円形または隅丸の二等辺三角形の平面形で、最大長2.6m、最大幅65cmの「煙道付炉穴」と呼ばれる野外炉が併存している。このことは半定住生活していたことを裏付ける[5]

中期から後期前葉にかけて遺跡数が最も増加し、およそ200カ所の所在が確認されている。中期前半には関東系や瀬戸内系の土器に北陸系や東海系の土器も認められ、海岸沿いに人々の行き来が行われたことを示している。この期の住居は平面形が円形で、住居内には石囲みや土器敷の屋内炉も確認されている。後期には、近畿系の強い影響にありながら、東北・中部・北陸などの土器が見られ、広範に交流が行われていたことが推定できる。津市一志町にある天白遺跡に東西も南北も約50メートルの範囲に広がった、西日本には数少ない配石遺構がある。土器棺墓、60点を超える土偶・岩偶、石棒・石剣など祭祀遺物も多く確認され、葬送儀礼の行われた遺構であると考えられている。晩期に入っては、小規模遺跡が多く、沖積平野部に進出している。後半の土器には粘土紐を肩部や口辺部に貼り付ける東海系の突帯文土器が主流を占めるようになる。住居では、名張市にある下川遺跡から柄鏡形住居が確認されている。遺体を土器に埋葬する25基の土器棺墓郡が集落と離れた場所で見つかっている[5]

古代(律令国家)

672年、古代最大の内乱である壬申の乱が起こった。この内乱は律令国家形成の主導権を巡る争いであり、三重県域に属する伊勢と伊賀は巻き込まれ、重要な役割を果たした。

7世紀の終わり頃に班田収授法が実施されたが、三重県下でも条里制遺構圃場整備事業が実施されるまで、志摩国英虞郡を除いて各郡で確認されている。中でも伊賀国では服部川右岸の扇状地伊勢国では安濃川櫛田川の下流域に、それぞれ広範囲にわたって連続した地割りが認められた。

国分僧寺国分尼寺は全国に建立された。伊賀では上野市(現伊賀市)西明寺字長者屋敷に寺跡があり、東西210m、南北約250mの方形に土塁が残っている。南から中門・金堂・講堂跡の土壇が並び、西南の隅に塔跡と見られる土壇もある。尼寺はその東200mにある長楽山廃寺が想定されている。伊勢の僧寺は鈴鹿市国分町の台地の南端にあったと見られる。寺域は築地で囲まれ、東西178m、南北184mであった。志摩では阿児町国府の台地上にある護国山国分寺が僧寺であると見られている。

中世(平安末期の伊勢平氏時代~室町時代の北畠氏時代)

人口

三重県市町村人口増減率分布図(2005年度と2010年度国勢調査から算出)
増加
  10.0 % 以上
  7.5 - 9.99 %
  5.0 - 7.49 %
  2.5 - 4.99 %
  0.0 - 2.49 %
減少
  0.0 - 2.5 %
  2.5 - 5.0 %
  5.0 - 7.5 %
  7.5 - 10.0 %
  10.0 % 以上
Demography24000.svg
三重県と全国の年齢別人口分布(2005年) 三重県の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 三重県
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
三重県(に相当する地域)の人口の推移
1970年 1,543,083人
1975年 1,626,002人
1980年 1,686,936人
1985年 1,747,311人
1990年 1,792,514人
1995年 1,841,358人
2000年 1,857,339人
2005年 1,866,963人
2010年 1,854,724人
2015年 1,815,865人
総務省統計局 国勢調査より

都市

三重県内 市別人口ランキング
県内順位 都市 地域区分 人口 県内順位 都市 地域区分 人口
1 四日市市 北勢 310,255人 6 伊勢市 南勢 124,915人
2 津市 中勢 276,640人 7 伊賀市 伊賀 88,194人
3 鈴鹿市 北勢 196,276人 8 名張市 伊賀 77,096人
4 松阪市 中勢 161,170人 9 亀山市 北勢 49,950人
5 桑名市 北勢 140,066人 10 志摩市 南勢 48,029人
2017年12月 現在


三重県内市別人口密度ランキング(2016年(平成28年)現在)
  1. 四日市市(1,510人/km2
  2. 桑名市(1,030人/km2
  3. 鈴鹿市(1,010人/km2
  4. 伊勢市(610人/km2
  5. 名張市(604人/km2

政治・行政

三重県議会議事堂(左)と三重県庁舎

行政

歴代知事については「三重県知事一覧」を参照のこと。

財政

三重県の財政指標
年度 歳入額(単位:百万円)
一般会計特別会計合算
財政力指数 経常収支比率 実質公社債比率 将来負担比率 ラスパイレス指数 起債制限比率
平成27年 962,275 0.57544 97.9 14.4 184.7 100.9 未公表
平成26年 903,389 0.56076 95.8 14.7 189.3 101.8 未公表
平成25年 922,491 0.55413 96.1 14.6 194.8 98.3 未公表
平成24年 870,096 0.48486 93.7 18.4 209.8 95.0 未公表
平成23年 859,050 0.49305 93.6 19.7 218.5 94.5 未公表
平成22年 918,712 0.52140 93.6 19.6 227.8 92.8 未公表
平成21年 1,005,740 0.54865 98.9 19.1 251.8 95.7 未公表
平成20年 882,135 0.54638 99.1 17.6 249.8 99.4 未公表
平成19年 878,060 0.51345 98.4 16.1 未公表 99.3 13.5
平成18年 925,960 0.47663 91.9 14.4 未公表 99.3 12.1
平成17年 923,189 0.44358 88.6 13.0 未公表 99.4 11.1
平成16年 932,813 0.43425 86.1 未公表 未公表 99.5 9.8
  • 財政力指数のグループ分類及びグループ内順位は『財政力指数 都道府県の指数の変遷』を参照のこと。
  • (注)平成24年と25年については「国家公務員の給与の改定及び臨時特例に関する法律」(平成24年法律第2号)による措置が無いとした場合の値を採用した。
  • 歳入額については三重の公式ホームページより引用[14]
  • その他の指標については総務省公式ホームページより引用

    現議員任期:2015年(平成27年)4月29日から2019年(平成31年)4月28日

国際関係

姉妹自治体・提携自治体

友好国提携