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ミラの聖ニコライ、無実の三人を死刑から救う』(イリヤ・レーピン、1888年)

冤罪(えんざい)とは、「無実であるのに犯罪者として扱われてしまうこと」を指す言葉、つまり「濡れ衣」である[1]

主な冤罪事件については「Category:冤罪」および「Category:冤罪が指摘されている事件」、痴漢の冤罪については「痴漢冤罪」も参照のこと。

定義

無実者が刑事訴訟で有罪判決を受けることを指す立場もあれば[2]、単に無実者が罪に問われることを指す立場もあり[3]、法学辞典においても定義には揺れがみられる。

日本国政府は、麻生太郎総理時代[4]鳩山由紀夫総理時代[5]野田佳彦総理時代[6]のいずれも、「法令上の用語ではなく、定義について特定の見解を有していない」として政府見解を示していない。

一方、第78代法務大臣であった長勢甚遠は、2007年5月の衆議院法務委員会において「有罪になった方が実は無実であったというケースが一般的に冤罪と言われているのではないかと思う」「志布志事件のように)被告人が無罪になったときも冤罪と言うのは、一般的ではないのではないか」との見解を述べている[7]。また、第79・80代法務大臣の鳩山邦夫も、冤罪を「人違いで逮捕され、裁判中や服役後に真犯人が現われたケース」と定義付ける立場から、法務省での2008年2月の会合の場で「志布志事件は冤罪と呼ぶべきではない」との発言を行った[8]。これを志布志事件の元被告人らから批判された鳩山は直後に謝罪を行い、「この全く意味の不確定な冤罪という言葉」を以後公式の場では一切用いない、との考えを述べた[8]。しかし、法務省はその後も、冤罪の定義を「真犯人ではない者に対する有罪判決が確定するなどの事態を念頭に置いて用いた」報告書を公表している[9]

また、法学者の今村力三郎は、「世人は冤罪とは、常に全然無実の罪に陥ったもののように考えているが、我々専門家のいう冤罪とは、ある罪を犯したる事実はあっても、裁判官の認定が事実の真相を誤ったり、あるいは法律の適用を誤ったりして、相当刑よりも過重の刑罰に処せられたる場合も等しく冤罪とするのである」として、無実のみならず量刑不当も冤罪に含める見方を示している[10]

原因

冤罪の原因は偏に「人が裁く」ことにある。人は、時を遡って過去の事実を観察することができない。このため、過去の事実は、現在存在する物的証拠や記録、人の記憶等有限の証拠をつなぎ合わせ、合理的に推測するしかない。したがって、犯罪という過去の事実の有無を人が判断する裁判においては、犯罪という過去の事実が存在したであろうと判断者が確信を抱くことはあっても、犯罪という過去の事実が存在することを確認することはできない。この結果、犯罪の存否に関する人の判断と、過去の事実の存否との齟齬が生じることは防げないのである。

このような冤罪の中でも、古くから問題とされてきたのは捜査機関をはじめとした国家によって作られる冤罪だ。捜査機関が、行き過ぎた見込み捜査や政治的意図などから、ある人を犯人に仕立て上げてしまうという類型だ。日本の刑事訴訟法旧法に見られたような、裁判における「自白は証拠の王」との(=推定有罪としてみなす)考え方が、真実の裏づけを後回しにした自白獲得のための取調べを招き、拷問により虚偽自白を誘引することによって冤罪が発生する。また裁判においても、無罪を主張すれば一律に反省していないとされ、刑罰が重くなる傾向にある事も虚偽自白を誘引していると言える。

特に科学的捜査方法が確立される以前には捜査能力の限界から、先入観固定観念を持った、主観的な捜査による冤罪が発生する可能性が高かったが、科学的捜査方法が導入されたあとは、遺留品や物的証拠からそれにつながる犯人を導き出すのではなく、あらかじめ容疑者を設定する見込み捜査の過程で証拠は後から合致させる一方で容疑者に有利な証拠は破棄や軽視や無視するといった手法が採られる。日本には現在でも代用刑事施設(旧代用監獄)と呼ばれる近代国家としては極めて特異で問題が大きいとされる取調べ体制が公的に存在しており、司法当局の求める自白を容易に引き出せることが強く指摘されており、冤罪の温床となっている。

こういった捜査機関の暴走を引き起こす遠因として、着実な捜査よりも速やかな容疑者の逮捕などを求めるマスメディア報道や、そういった誘導に引きずられる国民世論などの問題も指摘されている。

甲山事件のように、一たび被疑者が証拠不十分で不起訴となったにもかかわらず、検察審査会の不起訴不当議決で再び被疑者に嫌疑がかけられて起訴されて無罪となった事件もある。2005年に検察審査会の権限が強化されたため、冤罪の増加を危惧する声が上がっている。一方で暗にある刑事事件を冤罪と指摘する検察審査会の議決もある(徳島ラジオ商殺し事件丸正事件高知白バイ衝突死事故)。

捜査機関以外の私人の行為が原因となって冤罪が発生する場合もある。例えば、真犯人が自分に対する量刑を軽くするために、他人に罪をなすりつけた事例(梅田事件八海事件牟礼事件山中事件富山・長野連続女性誘拐殺人事件警察官ネコババ事件など)が存在する。

さらに、東電OL殺人事件恵庭OL殺人事件のように被疑者が、当初は被害者との密接な関わりを否定するが証拠判明後にようやく認めるなどの嘘をついたことによって、裁判官の心証を著しく悪くし、有罪になりやすい要因を被疑者自身が作り出している場合もある。

DNA型鑑定を過信し、アリバイなどの証拠の積み重ねを怠ることで、冤罪になっていることもある。1990年代のMCT118法[11]では人物特定は1000人に1人の精度の低さだが(1989年に警察庁で初導入されたSTR法[12]は4兆7千万人に1人の精度)、過去の有罪確定者は精度の低いDNA型鑑定に基づいて判決が出され、刑が執行されている[13]

捜査機関への原因追究及び関係者問責を行った例は足利事件以外確認されていない。

国連での指摘

拷問等禁止条約の履行状況を調査する機関である国連拷問禁止委員会は、スイスジュネーヴ2013年平成25年)5月21日から22日にかけて、日本に対する審査を行った。

22日に行われた審査の席上でモーリシャス最高裁の元判事ドマー委員が「(日本では)弁護人に取調べの立会がない。そのような制度だと真実でないことを真実にして、公的記録に残るのではないか。弁護人の立会が(取調べに)干渉するというのは説得力がない。(中略)これは中世のものだ。中世の(魔女狩り裁判の)名残りだ。こういった制度から離れていくべきである。日本の刑事手続を国際水準に合わせる必要がある」と指摘した。

冤罪からの回復手段

裁判手続を経て有罪判決が確定してしまった場合でも、再審制度によって救済される道が開かれている。法的な意味での冤罪からの回復は、この方法によることが必要である。

また、金銭的な回復手段として、誤認逮捕をされた者は被疑者補償規程による補償、起訴されたが無罪判決を受けた者は日本国憲法第40条を受けて立法された刑事補償法による補償を求めることができる。また、あまりに不当な逮捕や起訴であり、逮捕や起訴が違法である場合には、国家賠償法による損害賠償を求めることができる。

問題点

再審による無罪判決の困難度

日本の場合、冤罪主張がなされていても、話題とならなければ報道などで取り上げられないことも多い。また、最終審まで争って死刑無期懲役や長期間の有期刑の判決が確定した場合、冤罪の可能性が高いと指摘され(特に過去の事件ほど拷問といった違法じみた取り調べで無理矢理自白せざるを得なかったり、精度の低い科学鑑定の結果が証拠として採用されたケース散在し、現在では証拠とならないケースがあるため)、冤罪主張がなされていても、裁判所が再審請求を受け入れる実績が少ないので(再審が認められたとしても、検察が即時抗告するケースがほとんどである)、再審請求を行っている間に長期間経過し、死刑執行が行なわれず、または、仮釈放が許可されずに、獄死や満期釈放になる例が多い。また冤罪の被害者も経済的面から再審請求を行わない場合もある(後述の冤罪の補償金の低さによる)。

補償金の低さの問題

冤罪に対する補償は低く(捜査、起訴の違法性を補償の要件としない)、刑事補償法においては拘束1日につき1,000円〜12,500円(金額は補償請求を受理した裁判所の裁量により決定される)しか認めていない(補償の下限が低いうえ、上限も明確に制限している)。これは、仮に10年服役しても最低365万円〜多くても4,565万円強しか補償されない[14]

最大で年456万円強(月38万円強)となるとはいえ、それは捜査機関の故意による冤罪、死刑囚拘置など、「最悪の条件」が重なった場合における、「理論上の話」であり、その場合でも24時間365日拘束されることを考慮すれば、最低賃金[15]を下回る『時給』[16]であり、充分な補償とは到底言えないとの意見がある。日本で冤罪により死刑判決や懲役刑を受けた後や起訴後に無罪を獲得(あるいは不起訴処分になる)した者の多くは拘留中・裁判中・収監後に肉親が物故したり職場を解雇されて(あるいは自主退職する)再就職が困難になり、受け取った補償金も弁護士費用や生活費で使い果たすなどし生活保護を受けて細々と生活しているのが現状である。なお刑事補償の対象となるのはあくまで裁判で「無罪」となった者であり、「無実の冤罪被害者」とイコールではない。不当に長期にわたる勾留があったとしても、起訴に至らなかった被疑者は補償の対象とはならない。一方で裁判で犯行事実が認定されても心神喪失などで「無罪」となれば補償の対象となる。

よって現状として、冤罪の被害者は実質、経済的な被害さえも賠償されることはない。さらに当該犯罪とは無関係の者が有罪判決が確定したり、容疑者として逮捕された場合には、前者は再審によって無罪が確定されるまで有罪として扱われ(いわゆる「推定有罪」)、後者は有罪になっていないにもかかわらず、本人や家族は経済的損害を受け、犯罪者とその家族との差別や排斥を受けることがある(名張毒ぶどう酒事件では、被害者遺族が被告人の自宅に押しかけ、夕食中の家族に土下座しての謝罪を要求したという[17]。また、被告人一族の墓も地元の霊園にはない[17])。

目に見える被害ではないが、犯罪事件で冤罪が判明した場合において、真犯人を追及しようとしても、公訴時効の成立や、時間の風化で真犯人を摘発できず、真犯人が不明なままだったり法の裁きを受けないまま未解決事件となる問題も発生する(殺人事件の被害者遺族にしてみれば「Xは犯人ではなかった、では真犯人は一体誰なのか」が捜査されないままになるため、やり切れない思いが残る)。

予防と対処

冤罪の予防

冤罪をできるかぎり予防するためには不十分ではあるが、冤罪を予防するため刑事手続上様々な制度が整備されている。日本では、たとえば以下のような手続きが定められている。

まず、捜査機関による捜査に一定の歯止めをかけることで冤罪を予防しようという試みがある。日本の場合、日本国憲法および刑事訴訟法における自白法則補強法則の採用が冤罪防止に一定の役割を果たしている。

  • 自白法則とは拷問や脅迫などによって引き出された任意性のない自白は証拠とすることができないという原則(日本国憲法第38条第2項、刑事訴訟法第319条1項)だ。また、補強法則は自白を証拠として偏重すると苛烈な取り調べによって虚偽の自白が引き出され、冤罪が発生するおそれがあるため、自白のみによって、被告人を有罪とすることはできないという原則(日本国憲法第38条第3項、刑事訴訟法第319条第2項)である。

また、起訴された際には予断排除の原則起訴状一本主義など)により、捜査機関の嫌疑から裁判所を遮断することで、当該犯罪とは無関係のものの有罪判決(起訴状にない犯罪に対する有罪判決)を防止するための制度設計がなされている。

  • 過去においては密室で行われる取り調べに対しては、司法が介入することは暗黙に避けられていた。しかしながら、今日においては暴力的な手段を講じて取り調べに当たった検事に対する告訴を検察側が適切に対処するなどの事例が見られ、司法の側からも冤罪根絶の取り組みも行われている現状にある。

しかし、現在でも依然として冤罪事件が根絶されたわけではなく、違法・不当な取調べが指摘されている事例もあることから、取調べを可視化すべきだという主張もなされている。これは、取調べの全過程を録画・録音することで、違法な取調べがあったかどうかを検証できるようにすべきだというものであり、冤罪防止に一定の効果があるものとされる。

しかし、すべての過程を可視化することにより、記録が動画として半永久的に残り記録された取調べ映像が捜査関係者以外に見られる可能性が格段に増すことになり、逃亡中の共犯者がいる組織犯罪では真実を話せば逆恨みによるお礼参りが増加する懸念、被疑者が羞恥心を持つために自白をためらい真相の解明ができない可能性があるなどの反対意見を警察庁や検察庁が主張している[18]。そこで、検察は2006年から、警察は2008年から、取り調べの一部録画を始めている。

裁判員制度の導入による刑事裁判の運用の変化への対策として、検察庁は捜査の一部録画を検討している。しかし、部分的な録画・録音では警察官・検察官の捜査に都合のいい部分だけ録画される可能性があるので、尋問の全ての過程を録画・録音すべきだという主張も弁護士会や学者などに根強い。また立件と関係ない内容で被告が共犯者および犯罪組織の告発を行った録画は弁護側の承認によってのみ公開できるとすれば問題はないとされる。

冤罪と報道

マスメディアの発展に伴い、「容疑者」としてセンセーショナルに報道され、あたかも犯罪者であることが証明されたかのように扱われ(メディア・パニッシュメント)、経済的損害や精神的苦痛を受ける場合がある。このような場合にも、「冤罪」が使用される場合がある。メディアの側でも過去においては被疑者は敬称を付けず、呼び捨てで報道されていたが、現在では「〜容疑者」とすることで一定の人権に対する配慮を行う様にしているが、一旦容疑者として報道された場合名誉の回復は難しい現状にある。また新聞などにおいて顔写真の掲載は自粛されていた時期があったが、現在ではまた掲載が復活している現状にある。

近年では、マスコミ報道における痴漢報道の顕在化によって、各種痴漢事件などにおいては、おおむね逮捕された被疑者が犯罪事実の有非を問わず、その社会的信用を即時に失墜する傾向がある。そのため、悪意をもった女性がさも痴漢の被害を受けたかのようにふるまって対象とする男性に向けて精神的圧迫を行い、示談と称して慰謝料名目の金銭を要求したり、これが成立しない場合には提訴して審理を和解に導き相手から金銭を得ようと企図したり、これに準じて私怨から相手に対する社会的評価を貶めようとする事件が発生しているとの説も生じている[1][2][3]。無実を主張して、状況を説明するのにしばしば「冤罪」が使用される。状況説明に使用するのは、犯罪とは無関係の、身に覚えが無いのに解雇された等の不利益を受けた場合もある。

その他、インターネットの発達により、全く別人であるのにも関わらず自分の顔写真を犯人であるとして流布させられるという被害も発生している。特に少年事件の場合には顔写真が公開されないのが通常であり、関心が高まる分被害も拡大している。メディアの側でも青少年の場合顔写真や実名報道には慎重ではあるが、犯罪の重大性をメディアが判断した場合、女子高生コンクリート詰め殺人事件のように敢えて実名報道に踏み切った場合もある。それとは逆に報道番組で検証報道による冤罪事件の救済にいたるケースもあるが、近年、刑事訴訟法改正により、弁護人から報道機関へ裁判資料を提供した場合罰則が設けられ、資料提供の拒否がおきており冤罪事件が起こりやすくなるのではと危惧(きぐ)されている。

真犯人