増毛駅
駅舎(2004年6月)
駅舎(2004年6月)
ましけ
Mashike
箸別 (2.8km)
所在地 北海道増毛郡増毛町弁天町
所属事業者 北海道旅客鉄道(JR北海道)
所属路線 留萌本線
キロ程 66.8km(深川起点)
電報略号 マケ
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
乗車人員
-統計年度-
0人/日(降車客含まず)
-2013年度-
開業年月日 1921年 (大正10年)11月5日
廃止年月日 2016年 (平成28年)12月5日
備考 無人駅[1]
路線廃止に伴う廃駅
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増毛駅(ましけえき)は、北海道増毛郡増毛町弁天町にあった北海道旅客鉄道(JR北海道)留萌本線廃駅[1]である。電報略号マケ

後述するように、鉄道の発着がなくなった後は2018年4月以降、観光・交流施設として改修・利用されている[2]

歴史

1977年の増毛駅と周囲約500m範囲。下が留萌方面。駅舎より南側に単式ホームを有し、本線は北側の貨物ホームへ引き込み線を分岐して、その外側へ折り返し線となって伸びる。南側の山手側には車庫と放置された転車台の窪みが見える。駅裏は数本の留置線を挟んで北側に並ぶ倉庫裏へ荒荷積み降ろし場、南側に石炭の荷下ろし場が設けられている。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

1905年日露戦争に勝利した大日本帝国は、ポーツマス条約締結の結果として「樺太の北緯50度以南の領土を永久に日本へ譲渡する」ことになった。樺太の実効統治による領土画定と国力増大を急いでいた大日本帝国は、ロシア帝国によるシベリア鉄道の全線開通よりも先に、北海道-樺太間の海運鉄道の連続輸送力を早急に高める必要に迫られていた。既に宗谷本線1890年代に整備計画が決定されていたが、高地や原野を開墾開拓しながらの内陸鉄道建設は困難を極め、開通の遅延が予想されていた。(稚内まで全通したのは1922年) そこで大日本帝国は、早期完成が見込める留萌本線を先に作り、留萌-樺太間輸送計画を優先して完成させることになった。留萌港の修築は1910年に着工したが、留萌は波が荒く土木技術上の問題から整備に時間を要し、鉄道が開通してもが完成しない事態が予想されていた。(開港は1929年) そこで港を早く使える増毛まで留萌本線を延長することになった。こうして開業した増毛駅は、北海道-樺太間輸送における鉄道・港湾連続輸送の重要拠点となり、大日本帝国の国策に貢献することになった[3]

鉄道開通以前には留萠駅(後の留萌駅)から増毛まで乗合馬車が出ていた。1918年(大正7年)に運賃は80銭で、冬には馬になった[4]

年表