ならし
奈良市
 若草山焼きと平城京跡東大寺の大仏 薬師寺東大寺 春日大社奈良公園の鹿
奈良市旗 奈良市章
奈良市旗
1977年2月10日制定
奈良市章
1903年5月5日制定
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 奈良県
団体コード 29201-0
法人番号 4000020292010
面積 276.94km2
総人口 355,989[編集]
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 1,285人/km2
隣接自治体 生駒市大和郡山市天理市桜井市
宇陀市山辺郡山添村
京都府木津川市
相楽郡笠置町精華町南山城村
三重県伊賀市
市の木 イチイガシ
市の花 ナラノヤエザクラ
市の鳥 ウグイス
奈良市役所
市長 仲川元庸
所在地 630-8580
奈良県奈良市二条大路南一丁目1番1号
北緯34度41分6秒東経135度48分17.2秒座標: 北緯34度41分6秒 東経135度48分17.2秒
奈良市役所
外部リンク 奈良市

奈良市位置図

― 市 / ― 町・村

 表示 ウィキプロジェクト

奈良市(ならし)は、日本奈良県の北部に位置する。同県の県庁所在地であり、中核市に指定されている。

地理

奈良時代平城京が置かれた古都であり、天平文化が花開いた地として知られる。

現在の奈良市は、奈良県の北部一帯を占める広域市で同時に奈良盆地の北端にも当たる。市東部は大和高原の一部をなし、標高300mから600m級の高地が続く。市街の北は古代に平城山(ならやま)と呼ばれた丘陵地帯で京都府と接している。平城山を越えて山城と通じる奈良坂は古くからの重要交通路の一つ。

市域は東西に広く、(1) 東部の山間地、(2) 文化財を多数抱え国際観光文化都市としての顔を持つ中東部の市街地、(3) 大阪衛星都市としての性格を持ち住宅地として開発が行われてきた西部と、複数の顔を持ち、同じ市内でありながら地域の雰囲気、住民の指向は違いを見せる。

白毫寺から見た奈良市街

都市名の由来

古くは、今の奈良市域を添(そほり)と称した。

市街地が広がる一帯は平坦な地形で、この均(なら)したような地形が「奈良」の都市名の由来となったのではないかとする説が有力である。語源の詳細に関しては、奈良#語源を参照。

現在の漢字表記は「奈良」だが、古文書等の中では「那羅」「寧楽」「平城」(読み方はいずれも「なら」と思われる。)とも表記されている。

気候

瀬戸内海式気候内陸性気候を併せ持つ。 市街は盆地に位置するため、夏と冬、そして1日の気温差が大きい。

  • 気温 - 最高39.3℃(1994年(平成6年)8月8日)、最低−7.8℃(1977年(昭和52年)2月16日
  • 最大降水量 - 196.5ミリ(2017年(平成29年)10月22日
  • 最大瞬間風速 - 47.2メートル(1979年(昭和54年)9月30日
  • 最深積雪 - 21センチ(1990年(平成2年)2月1日
  • 夏日最多日数 - 153日(1994年(平成6年))
  • 真夏日最多日数 - 85日(1994年(平成6年))
  • 酷暑日最多日数 - 30日(2010年(平成22年))
  • 熱帯夜最多日数 - 20日(2017年(平成29年))
  • 冬日最多日数 - 90日(1984年(昭和59年))
奈良地方気象台(1981-2010)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 18.9
(66)
23.9
(75)
25.9
(78.6)
30.5
(86.9)
32.7
(90.9)
35.8
(96.4)
38.1
(100.6)
39.3
(102.7)
36.9
(98.4)
32.0
(89.6)
26.8
(80.2)
21.7
(71.1)
39.3
(102.7)
平均最高気温 °C (°F) 8.7
(47.7)
9.6
(49.3)
13.4
(56.1)
19.8
(67.6)
24.1
(75.4)
27.2
(81)
30.8
(87.4)
32.6
(90.7)
28.2
(82.8)
22.2
(72)
16.5
(61.7)
11.4
(52.5)
20.4
(68.7)
平均最低気温 °C (°F) −0.2
(31.6)
−0.1
(31.8)
2.3
(36.1)
7.4
(45.3)
12.5
(54.5)
17.5
(63.5)
21.8
(71.2)
22.6
(72.7)
18.8
(65.8)
12.1
(53.8)
6.4
(43.5)
1.9
(35.4)
10.3
(50.5)
最低気温記録 °C (°F) −7
(19)
−7.8
(18)
−5
(23)
−2.4
(27.7)
1.4
(34.5)
7.3
(45.1)
12.2
(54)
12.8
(55)
7.7
(45.9)
2.3
(36.1)
−2.6
(27.3)
−6.6
(20.1)
−7.8
(18)
降水量 mm (inch) 49.6
(1.953)
63.3
(2.492)
103.2
(4.063)
97.7
(3.846)
143.5
(5.65)
188.8
(7.433)
165.1
(6.5)
111.8
(4.402)
163.3
(6.429)
111.1
(4.374)
74.1
(2.917)
47.3
(1.862)
1,316
(51.811)
降雪量 cm (inch) 2
(0.8)
4
(1.6)
1
(0.4)
0
(0)
0
(0)
1
(0.4)
8
(3.1)
平均降水日数 7.9 7.9 12.3 10.6 11.3 12.9 11.8 8.6 11.5 9.8 8.3 7.7 120.6
平均月間日照時間 116.7 115.5 147.4 180.3 184.8 143.5 162.7 205.4 150.3 154.5 134.5 127.3 1,823
出典: 気象庁[1]

人口

Demography29201.svg
奈良市と全国の年齢別人口分布(2005年) 奈良市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 奈良市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
奈良市(に相当する地域)の人口の推移
1970年 215,642人
1975年 265,040人
1980年 305,614人
1985年 335,468人
1990年 357,178人
1995年 368,039人
2000年 374,944人
2005年 370,102人
2010年 366,591人
2015年 360,310人
総務省統計局 国勢調査より

平成22年(2010年)国勢調査(速報値)より前回調査からの人口増減をみると、0.97%減の366,528人であり、増減率は県内39市町村中8位。 奈良市の人口

  • データ出典 奈良県統計課の調査による各年10月1日の人口。
  • 2007年10月1日現在 : 367,581人
  • 人口増加率(2002年→2007年) : -1.6%

 ※2005年の人口は、奈良市・月ヶ瀬村・都祁村 合算

歴史

東大寺
薬師寺
興福寺

※市制施行以前の市域の歴史については、奈良も参照

奈良市街地の西にはウワナベ古墳など5世紀の巨大古墳が築かれ、佐紀古墳群を形成している。『和名抄』に見える大和国添上郡山村郷、楊生郷、八島郷、大岡郷、春日郷及び添下郡佐紀郷、鳥貝郷の地であった。

現在の市域周辺が日本史の舞台に登場するのは、710年藤原京から平城京に遷ってからのことである。その後、何度か短期間の遷都があったものの長岡京に遷る784年まで、この地が日本の中心となっていた。長岡京への遷都後も、東大寺薬師寺興福寺などの仏教寺院勢力がこの地域に残り、「南都」と呼ばれた。

中世になってからも、興福寺が大和守護職に任じられるなど広大な荘園を有する仏教寺院勢力は依然として影響力を保持していた。むしろ大寺院の勢力は戦乱の時代においてこそ影響力が大きく、そのために何度か戦火に見舞われた。2度の大仏焼失事件(南都焼討東大寺大仏殿の戦い)などはその象徴的な出来事といえる。しかし、室町時代から戦国時代にかけて、他国および近在の所領も含めて在地の大和武士団が実効的な支配を行うようになったために大寺院の勢力は衰えた。

江戸時代には奈良奉行が設置され、江戸幕府の直接支配下に置かれた。この時代の雰囲気を残すのが奈良町(ならまち)である。また、現在の市域の南部は津藩の飛び地(古市町付近)、同じく北東部は柳生藩の領地となっていた。

太平洋戦争中は京都市とともに大規模な空襲を受けなかったため、多くの文化遺産が残された。

沿革

市域の変遷

明治22年 明治29年 明治31年 大正12年 昭和2年 昭和15年 昭和25年 昭和26年 昭和28年 昭和30年 昭和32年 昭和43年 平成3年 平成17年 現在
奈良県
添上郡 奈良市 奈良市 奈良市 奈良市 奈良市 奈良市 奈良市 奈良市
奈良町
佐保村
添下郡 生駒郡
都跡村
添上郡
大安寺村
東市村
添下郡 生駒郡
伏見村 伏見町
伏見町 富雄町
添上郡
帯解村 帯解町
明治村
五ヶ谷村
辰市村
平和村
田原村
大柳生村
柳生村
東里村
狭川村
月瀬村 月ヶ瀬村
山辺郡
針ヶ別所村 都祁村* 都祁村*
都介野村