おばまし
小浜市
小浜湾
Flag of Obama, Fukui.svg Obama Fukui chapter.JPG
小浜市旗 小浜市章
1951年制定
日本の旗 日本
地方 中部地方北陸地方
都道府県 福井県
団体コード 18204-4
法人番号 6000020182044
面積 233.09km2
総人口 28,672[編集]
推計人口、2018年10月1日)
人口密度 123人/km2
隣接自治体 三方上中郡若狭町大飯郡おおい町
滋賀県高島市
市の木 モミジ
市の花 ツツジ
小浜市役所
市長 松崎晃治
所在地 917-8585
福井県小浜市大手町6番3号
北緯35度29分44.2秒東経135度44分47.8秒座標: 北緯35度29分44.2秒 東経135度44分47.8秒
小浜市役所
外部リンク 公式ウェブサイト

小浜市位置図

― 市 / ― 町

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小浜市(おばまし)は、福井県南西部(嶺南)、旧若狭国である。

概要

畿内の色が濃い港町で、律令時代より前からヤマト王権日本海側入口として盛えて来た。小京都と呼ばれることも多く、全国京都会議にも加盟している。また、市内には国宝や国指定の重要文化財が数多く立地し、"海のある奈良"と呼ばれることもある。

3月に奈良の東大寺で実施されるお水取りの水は、遠敷川・鵜の瀬から送られたものと言われている。また、伊勢志摩淡路島と並んで、海産物を奈良や京都まで送った地域(御食国(みけつくに))の一つでもある。

江戸時代には、浅井三姉妹の次女・の夫である京極高次京極氏)や、酒井氏などが治める小浜藩城下町だった。この時代からの水揚げ基地ともなっており、鯖街道の起点となった。

地理

1975年(昭和50年)撮影の小浜市中心部周辺の空中写真。
1975年撮影の3枚を合成作成。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成。

福井県南西部、若狭国中央部に位置し、北は若狭湾とその内湾である小浜湾に面する。古くから日本海の要港だった。東南部から小浜湾に流入する北川南川多田川流域に平地が開ける。


気候

日本海側気候である。また、豪雪地帯対策特別措置法において豪雪地帯に指定されている。

小浜(小浜市遠敷、標高10m)の気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高気温記録 °C (°F) 18.5
(65.3)
21.3
(70.3)
24.4
(75.9)
30.9
(87.6)
32.8
(91)
35.9
(96.6)
38.7
(101.7)
38.1
(100.6)
37.4
(99.3)
31.3
(88.3)
25.5
(77.9)
21.8
(71.2)
38.7
(101.7)
平均最高気温 °C (°F) 7.3
(45.1)
7.7
(45.9)
11.6
(52.9)
18.0
(64.4)
22.6
(72.7)
26.0
(78.8)
30.0
(86)
31.8
(89.2)
27.3
(81.1)
21.7
(71.1)
16.2
(61.2)
10.7
(51.3)
19.24
(66.64)
日平均気温 °C (°F) 3.7
(38.7)
3.9
(39)
7.0
(44.6)
12.6
(54.7)
17.4
(63.3)
21.3
(70.3)
25.3
(77.5)
26.8
(80.2)
22.7
(72.9)
16.8
(62.2)
11.4
(52.5)
6.5
(43.7)
14.62
(58.3)
平均最低気温 °C (°F) 0.3
(32.5)
0.2
(32.4)
2.6
(36.7)
7.4
(45.3)
12.5
(54.5)
17.2
(63)
21.6
(70.9)
22.7
(72.9)
18.8
(65.8)
12.3
(54.1)
6.8
(44.2)
2.4
(36.3)
10.4
(50.72)
最低気温記録 °C (°F) −9.4
(15.1)
−10.1
(13.8)
−6.7
(19.9)
−1.5
(29.3)
3.9
(39)
6.3
(43.3)
13.6
(56.5)
14.0
(57.2)
8.5
(47.3)
2.7
(36.9)
−1.2
(29.8)
−7.8
(18)
−10.1
(13.8)
降水量 mm (inch) 207.8
(8.181)
160.6
(6.323)
139.2
(5.48)
106.9
(4.209)
135.1
(5.319)
160.8
(6.331)
183.9
(7.24)
148.5
(5.846)
217.9
(8.579)
158.6
(6.244)
163.0
(6.417)
197.6
(7.78)
1,979.9
(77.949)
降雪量 cm (inch) 78
(30.7)
73
(28.7)
13
(5.1)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
0
(0)
20
(7.9)
184
(72.4)
平均月間日照時間 65.8 76.6 119.2 165.6 181.6 136.6 158.2 203.5 135.2 135.8 102.1 84.2 1,564.4
出典: 気象庁

歴史

律令時代

若狭国遠敷郡(おにゅうぐん)と大飯郡の一部を占め、延喜式名神大社で若狭国一宮若狭彦神社、若狭国二宮の若狭姫神社が鎮座する。他にも延喜式内社は多い。

若狭国府も小浜付近にあったと考えられるが、比定地は不明である。

中世から江戸時代まで

鎌倉時代に小浜は国衙の税所が支配する今富名の一部に組み込まれたが、南北朝時代に入ると若狭守護の支配下に置かれた。ところが、守護は度々代わり、そのうちに今富名は山名氏に恩賞として与えられたために、守護に任じられた一色氏は山名氏と対立、明徳の乱で山名氏と戦い今富名と丹後国を奪って小浜の支配を回復した。

ところが、一色義貫足利義教に謀殺されると、謀殺に加担した武田氏が安芸から、若狭国の守護として入り、京都から多くの貴族を招くなど、公家文化が華ひらいた。織豊期に、越前国朝倉氏の攻撃によって衰退した。

関ヶ原の戦いの後、論功行賞により浅井三姉妹の次女の夫である京極高次が若狭一国8万5,000石を賜って後瀬山城に入城する。京極家は、さらに小浜城(雲浜城)を築き、小浜は小浜藩城下町として盛えた。その後、京極家は松江に加増転封、代わって酒井忠勝が徳川家光から、長年の忠勤の褒美として、若狭の国持大名として封じられる(しかし、国持大名としての格式は1代のみ)。

明治維新以後