ひろしまし
広島市
 広島城マツダスタジアム 原爆ドーム 八丁堀の夜景縮景園
広島市旗 広島市章
広島市旗 広島市章
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
団体コード 34100-2
法人番号 9000020341002
面積 906.68km2
総人口 1,196,875[編集]
推計人口、2018年4月1日)
人口密度 1,320人/km2
隣接自治体 呉市東広島市安芸高田市廿日市市
安芸郡熊野町海田町府中町坂町
山県郡北広島町安芸太田町
(海を隔てて)江田島市
市の木 クスノキ
市の花 キョウチクトウ
市の歌 広島市歌(1965年制定)
広島市役所
市長 松井一實
所在地 730-8586
広島県広島市中区国泰寺町一丁目6番34号
北緯34度23分6.9秒東経132度27分19.1秒座標: 北緯34度23分6.9秒 東経132度27分19.1秒
広島市役所
外部リンク 広島市

広島市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

広島市行政区画図

特記事項 市章は1896年5月19日制定
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広島城から見た広島駅周辺の高層ビル
広島市都心部遠景

広島市(ひろしまし)は日本広島県都市政令指定都市であり、同県の県庁所在地中国地方の中南部、広島県西部(安芸国)に位置し、中国・四国地方で最大の人口を有するでもある。

概要

中心部から南
中心部から北

世界史上初めて核兵器原子爆弾)で爆撃された都市として、世界的に知名度が高い。それ故に、「国際平和文化都市」としても一定の影響力を持っており、広島市長の発案で創設された「平和市長会議」には150を超える国から4600以上の自治体が加盟している[1]第二次世界大戦以前には「軍事都市」であった歴史とは対照的である。

古代中世には現在の広島市街地がある太田川デルタは形成されておらず、安芸国の中心としては国府が現在の安芸郡府中町または東広島市西条にあったと推定され[2]、太田川中下流域の祇園[3]・戸坂[4]から可部[5]にかけて荘園、郷が広がっていた。16世紀末、戦国武将の毛利輝元が太田川デルタを干拓して築城を開始したのをきっかけに地域の中枢機能が太田川デルタへ移り、都市としての広島の発展が始まった。江戸時代には、広島藩42万石の城下町として浅野氏のもとで発展した。明治時代に入ると、陸海軍の拠点が集中する軍事都市となり、特に日清戦争時には広島大本営が置かれて明治天皇が行在し、第7回帝国議会は広島市で開かれるなど、臨時の首都機能を担った[6]

第二次世界大戦末期の1945年8月6日、アメリカ軍戦略爆撃機B-29エノラ・ゲイ」によって広島市中心部の相生橋上空に原子爆弾「リトルボーイ」が投下され、きのこ雲が立ち上り、市街地は一瞬にして破壊された。投下当日中に数万人、1945年末までに推計13万人の人命が奪われ、生存者も火傷痕(ケロイド)、放射線後遺症、精神的後遺症(PTSD等)、遺伝への不安に生涯苦しむなど、市民が経験した苦痛は人類史上類を見ないものであった。

原爆投下後は一時的に人口が20パーセント減少したが、戦後重工業自動車産業を中心に復興し、現在では日本の主要な工業都市となっている。1980年4月1日には札幌市川崎市福岡市(3市とも1972年4月に指定)に続いて全国で10番目となる政令指定都市に指定された。1985年3月に人口が100万人を突破し、現在では全国の市で10番目の人口を抱える(→日本の市の人口順位)。

地理的には山陽地方のほぼ中南部に位置しており、太平洋ベルトを構成する広島都市圏の核となっている。京阪神福岡都市圏のほぼ中間に位置しているため、中国地方あるいは中国・四国地方を統括する政府機関や、全国規模で展開している企業の地方拠点も多く置かれている(支店経済都市)。また、瀬戸内工業地域を構成する西日本有数の工業都市でもあり、沿岸部は工業地帯となっている。また、沿岸漁業も盛んである。

近年では西風新都などの郊外のニュータウンでの人口増加も引き続き見られる一方で、平和大通りに新たに高層ビル群が生まれるなど都心回帰の傾向も見られる。

中区以外においても、広島駅周辺を始め、宇品緑井段原などの開発・再開発が進み、既存の商工センターや西風新都と併せて、都市拠点機能が活性化している。交通インフラ面では都市高速道路である広島高速道路の整備のほか、広島電鉄による市内線路面電車LRT整備や、1994年の広島アジア大会の開催に合わせて開通した広島高速交通アストラムライン」の延伸、およびJR山陽本線とのアクセス改良計画が進むなど多方面から都市機能の充実が進められている。

同市は別名、「3Bの街」とも言われている[7]。これは、

バス(bus
市内にはバス路線が多い。
支店(branch
東京、大阪等に本社を持つ企業の支店が多い(支店経済都市)。
橋(bridge
市街地がデルタ地帯にあるため、長さ2メートル以上の橋が約2,600もある。

ということに由来する。またこれに加えて、

銀行(bank
全国の地方銀行都市銀行が支店を置いていることが多い。
バー(bar
市内にある流川は中四国最大の歓楽街であり、同地区にはバーやスナック、キャバレーなどが多くある。

などを含めて、「4Bの街」「5Bの街」と言われる場合もある[要出典]

地理

南は瀬戸内海に面し、広島湾となっている。市の中心部を流れる太田川の河口に開けた三角州上に市街地が形成されている。太田川デルタを中心に広島平野が形成されているが、それを取り囲むように市の西部・北部・東部は丘陵地帯となっている。

市域の80%は丘陵部であり、平地部は太田川デルタの海抜ゼロメートル地帯と北の祇園大橋(海抜5m)から可部(海抜22m)にかけての河谷平野部がほぼ平地部であるが[8]、その周辺の山腹は宅地化が進んでおり安佐南区の伴南は標高約220m、山本新町は約197m、西区の己斐大迫は173m、古田台196メートルなどで造成地は山の中腹あたりまで広がっている[9]。もちろんデルタ地帯からの連続では無い地域では佐伯区湯来町の杉並台ように標高400m 近いところもある。広島市の最高地点は佐伯区湯来町と廿日市市玖島にまたがる大峯山(おおみねやま)で標高1040メートルである[10]

以上の広島市の造成地などを含めた可住地面積率は3割ほどで市域の7割は山林である[11]