村田 吉隆
むらた よしたか
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生年月日 (1944-07-30) 1944年7月30日(74歳)
出生地 日本の旗 静岡県静岡市
出身校 京都大学法学部卒業
グルノーブル大学大学院修了
フランス国立行政学院卒業
前職 大蔵省国際金融局調査課課長
所属政党無所属→)
自由民主党
称号 法学士(京都大学・1968年
旭日大綬章
親族 藤井勝志岳父

内閣 第3次小泉内閣
在任期間 2005年9月21日 - 2005年10月31日

内閣 第3次小泉内閣
在任期間 2005年9月21日 - 2005年10月31日

日本の旗 第72代 国家公安委員会委員長
内閣 第2次小泉改造内閣
在任期間 2004年9月27日 - 2005年9月21日

日本の旗 内閣府特命担当大臣
(防災担当)
内閣 第2次小泉改造内閣
在任期間 2004年9月27日 - 2005年9月21日

選挙区旧岡山2区→)
岡山5区→)
比例中国ブロック
当選回数 7回
在任期間 1990年2月 - 2012年11月
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村田 吉隆(むらた よしたか、1944年7月30日 - )は、日本大蔵官僚政治家。元衆議院議員(7期)。

国家公安委員会委員長(第7273代)、内閣府特命担当大臣(防災担当)などを歴任。

来歴・人物

静岡県静岡市出身。静岡県立静岡高等学校卒業後、東京外国語大学外国語学部へ進学するが、後に京都大学法学部に編入学。

1968年、京大法学部を卒業し大蔵省に入省した。同期には溝口善兵衛島根県知事がいる。大蔵省では大臣官房文書課広報室長や東京国税局直税部長を務める。また大蔵省在職中、国費留学生でフランスに留学し、グルノーブル大学法律・経済学部大学院やフランス国立行政学院(ENA)に通った。ENAの同期生にはフランスの元首相ローラン・ファビウスがいる。1974年6月から2年間、在中国大使館二等書記官として勤務、義父・藤井勝志労働大臣に就任した際は大臣秘書官を務め、1986年の東京国税局直税部長を経て、大蔵省国際金融局調査課長を最後に1988年に退官した[1]

1990年第39回衆議院議員総選挙に義父・藤井の地盤である旧岡山2区から無所属で出馬し、初当選。当選後、自由民主党海部俊樹総裁から追加公認を受け、自民党に入党。小選挙区比例代表並立制導入後は岡山5区から出馬し小選挙区当選を重ねる。

2004年第2次小泉改造内閣国家公安委員会委員長内閣府特命担当大臣(防災担当)に就任し、初入閣。第3次小泉内閣でも再任。

2009年第45回衆議院議員総選挙では、コスタリカ方式により比例中国ブロック単独で出馬し、7選(岡山5区からは加藤六月の娘婿・加藤勝信が出馬し、当選)。

2012年11月、岡山5区での公認が内定していたが政界引退を表明した。これに伴い比例からの出馬が決まっていた加藤が5区から出馬することになった。

2015年11月、旭日大綬章受章[要出典]

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