東京大学医科学研究所
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東京大学医科学研究所 1号館(東京都港区)
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1号館 正面玄関
正式名称 東京大学医科学研究所
英語名称 The Institute of Medical Science, The University of Tokyo
略称 東大医科研、IMSUT
組織形態 大学附置研究所
共同利用・共同研究拠点
所在地 日本の旗 日本
108-8639
東京都港区白金台 4-6-1
北緯35度38分23.4秒
東経139度43分29.6秒
予算 150億円(2007年度)[1]
*運営費交付金 83億円
*科研費 16億円
*その他外部資金 27億円
*病院収入 24億円
人数 職員 660人(2008年11月1日現在)[1]
* 教職員 145人
*技術職員 154人
*事務職員 50人
*有期雇用職員 128人
*短時間有期雇用職員 183人
*院生 313人(2008年10月1日現在)[1]
*研究生 14人(2008年10月1日現在)[1]
所長 清野宏2011年4月1日 -)
設立年月日 1967年[1]
前身 私立衛生会附属伝染病研究所
1892年設立)[1]
上位組織 東京大学
公式サイト 東京大学医科学研究所
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初代所長・北里柴三郎

東京大学医科学研究所(とうきょうだいがくいかがくけんきゅうじょ、: The Institute of Medical Science, The University of Tokyo)は、東京大学の附置研究所共同利用・共同研究拠点)であり、医科学の研究を行っている。略称は「医科研」、英語略称は「IMSUT」となっている。「東大医科研」または「白金医科研」とも呼ばれる。場合にもよるが、旧名称である伝染病研究所から「伝研」という古い略称で呼ばれることもある。

研究所敷地内には附属病院がある。近代医科学記念館も設置されており、医科学に関する歴史的資料を保存・展示し、最新情報の提供も行っている。

歴史

1892年ドイツ留学から帰国した北里柴三郎には、当時、日本では受け入れる機関がなく、国家有為の才能を発揮できない状態にあった。これを聞いた福沢諭吉が私財を投じて設立した研究所が、「大日本私立衛生会附属伝染病研究所」である。福澤の他に森村市左衛門長與專齋もこれを助けた。後に内務省から文部省に移管されるに及んで北里は同所を去り、新たに「北里研究所」を設立して研究を続けた。

沿革