千年紀: 1千年紀
世紀: 9世紀 - 10世紀 - 11世紀
十年紀: 900年代 910年代 920年代 930年代 940年代
950年代 960年代 970年代 980年代 990年代
江南の爛熟。画像は顧閎中が描いた「韓煕載夜宴図(北京故宮博物館蔵)」。五代十国南唐の後主李煜時代の宮廷の優雅な様子がしのばれる。
「世界の宝石」コルドバ。画像はコルドバにあるメスキータの円柱の森。10世紀末までに歴代の後ウマイヤ朝カリフによって改築が続けられ今ある姿となった。

10世紀(じっせいき)とは、西暦901年から西暦1000年までの100年間を指す世紀1千年紀における最後の世紀である。

できごと

清涼殿落雷事件。この落雷は昌泰の変大宰府に流された菅原道真の怨霊によるものと恐れられ、道真は北野天満宮の祭神となった。画像は「北野天神縁起絵巻」。
承平天慶の乱。平安京での政争をよそに地方では在地領主となった皇親やその他の門流が勢力を拡大していた。平将門藤原純友の反乱もその現れであったが、反乱は鎮圧された。画像は東京大手町にある平将門の首塚
かな文字の誕生。日本独特の美意識の発展とともにかな文字が成立し、和様の書が生まれた。画像は万葉仮名から平仮名へと移行する段階の「草仮名」で書かれた「秋萩帖東京国立博物館蔵)」で小野道風によるものと伝わる。
契丹人の伸張。ウイグル帝国の崩壊や、唐王朝滅亡後の混乱で内陸アジアで勢力を拡大したのがモンゴル系の契丹人であった。その後、五代から宋にかけての華北政権を威圧し国勢を整えることになる。画像は契丹人を描いた「胡人出猟図」(台北国立故宮博物院蔵)。
の建国。唐の滅亡以後、半世紀にわたる五代十国の混乱にあった中国も趙匡胤が宋の初代皇帝太祖として即位するに及び安定した時代を迎えた。画像は台北国立故宮博物院所蔵の太祖趙匡胤の肖像。
マケドニア朝ルネサンス。画像はキリストから加冠される皇帝コンスタンティノス7世の象牙彫刻(ロシア・プーシキン美術館蔵)。東ローマ帝国では古典研究が盛んになり、この皇帝自ら著作『儀式について』『帝国統治について』を残している。
アトス山。この時期に東ローマ皇帝の庇護を受けてアトスの修道生活が展開した。画像は最も古いメギスティ・ラブラ修道院英語版の教会入り口から望む、アトスのアタナシオスに植えられたとされる樹齢1000年以上のイトスギ(サイプレス)。
聖公ウラディーミル1世の洗礼。東ローマ皇女アンナとの結婚を期に洗礼を受けキリスト教(東方正教会)に改宗しロシア・ウクライナ史に大きな影響を与えた。画像はキエフ聖ウラディーミル大聖堂(聖ヴォロディームィル大聖堂)にあるヴィクトル・ヴァスネツォフの壁画。
神聖ローマ帝国の成立。オットー1世が皇帝となり以後代々のドイツ王が神聖ローマ皇帝位を占めることになった。画像はこの世紀に作られた神聖ローマ帝国の帝冠(ウィーンホーフブルク宮殿蔵)。
紀元1000年のヨーロッパ。新しい世紀の到来は期待と不安が混じったものだった。画像は950年代に描かれたスペインのサン・ミジャン修道院のベアトゥス『黙示録注解』写本エル・エスコリアル修道院蔵)。
マジャール人の定着。遊牧民族マジャール人もパンノニア平原に定着し、紀元1000年にはキリスト教を受容してハンガリー王国を成立させている。画像はハンガリー初代国王イシュトヴァーン1世がジュラの街を制圧したことを描く14世紀の年代記の挿絵。
イェリング墳墓群。デンマークのハーラル青歯王がキリスト教への改宗したことを記念してルーン文字で刻まれた石碑である。
チチェン・イツァ遺跡。マヤ文明を代表する遺跡で8世紀までに衰退した後に、10世紀に改めて盛んに建設が行われた。画像はククルカンの頭部彫刻が付随した「金星の台座」でその先には「エルカスティージョ(ククルカン神殿)」を眺めることができる。
シカン文化。ペルー北岸に発展した文化で10世紀から11世紀にはバタン・グランデを中心に金属工芸や織物の産業が組織化されていた。画像はこの文化を代表する「ツミ」と呼ばれる儀式用の刀剣(メトロポリタン美術館蔵)。
アズハル大学。ファーティマ朝時代にカイロのアズハル・モスク付属大学として設置された世界で最も古い大学である。
ブワイフ朝の統治。バグダードを制圧すると衰勢のアッバース朝を組み込みイラン・イラクを支配下に置いた。画像はブワイフ朝時代のイランで作られた陶器(ニューヨーク・メトロポリタン美術館蔵)。
サーマーン朝の発展。この王朝の時代に東方イスラム世界でのペルシア文化の復興が進んだ。画像はブハラにある中央アジア最古の建造物イスマーイール・サーマーニー廟
チョーラ朝芸術の最盛期。画像はこの時代を代表する「舞踏の王」ナタラージャとしてのシヴァ神像(ロサンゼルス・カウンティ美術館蔵)。
プランバナン寺院群ジャワ島で繁栄した古マタラム王国のバリトゥン王時代に着工され、続く王ダクサによって完成をみたヒンドゥー教の大寺院。